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アイヌの採取食の記憶

-現代のアイヌ女性と知り合って

アイヌの方々の食を学びたいと思うと、本来のかたちを知りたくなります。その、代々伝わる味はどこにあるのでしょう。継承を難しくした歴史があり、さらに地域により習慣も異なるといいます。知識も経験もない「にわか」の私が途切れた糸をたぐるのは、ほぼ無理。でも、今の北海道で触れることのできる何かを知りたい。それは「食べられる山野草」かもしれないと思いました。
今年、樺太アイヌをルーツに持つ札幌の女性、楢木貴美子さんと出会いました。出会ったのは仕事仲間の吉村卓也さんが連れて行ってくれた、札幌市アイヌ文化交流センター「サッポロピリカコタン」でした。心優しくアクティブな楢木さんは、樺太アイヌの歴史を語る講師であり、刺繍工芸や料理、歌や楽器など、樺太アイヌの暮らしの記憶を受け継ぐ方です。1回目は、2019年5月中旬に講師を務められた北大エコツアーでのお話です。食用植物を中心に記録します。

朝10時半、北海道大学正門前に25人ほどが集合すると、楢木さんのお話が始まりました。
(以下「 」内は楢木さんの言葉、地の文は私の言葉です)

「昔、札幌には至るところに湧水がありました。水の湧く場所をアイヌ語でメムといいます。例えば、コトニという地名には窪地という意味があります。これからキャンパスを出て、アイヌが暮らした場所を見に行きましょう。」(楢木さん)

 

◆ 偕楽園緑地

キャンパス南端の出口から信号ひとつ渡ると、「清華亭」と表示が見えます。それを曲がらずに行きすぎると、「開拓使が設置した憩いの場 偕楽園跡(現 偕楽園緑地)」の碑があります。

「『今日はいい日ですね』をアイヌ語では『タントシリ ピリカ』と言います。その歌を歌いましょう。」

楢木さんたちが歌い始めたのは、阿寒湖へ観光に行くとバスガイドさんが歌うのと同じ、聞き覚えのある歌です。他の参加者の中にも思い出しながら歌う方がいたので、道産子にはそうして知られた歌なのかもしれません。「明治12年まで、ここはサクシュコトニコタンというアイヌの村でした。」(楢木さん)

ここで、たまたま通りがかった住民の方が「私が小さい頃だから、65年前までは水が沸いていたよ」と教えてくれました。

清華亭 
偕楽園緑地内にある和洋折衷の建物はこの場所に1880年建造。明治天皇の北海道行幸のために作られた。その広間に座り、お話と音楽を聴きました。

「札幌の隣町の江別市は昔、対雁(ツイシカリ)と呼ばれていました。そこに樺太アイヌの人々が暮らした時代がありました。
昔、樺太・千島交換条約に伴って樺太がロシア領となり、1875年に樺太南端の亜庭(アニワ)湾に住むアイヌ841名が宗谷へ移住させられました。けれど、隔てる海峡は42キロしかなく、あまりにも樺太に近い。望郷心が湧いて船で逃げ帰っては困るというので、さらに宗谷から小樽行きの船に乗せられ、小樽から川舟で対雁へ送られました。銃を突き付けられて無理に船に乗せられ、船中で初めて行き先を知らされたため、怒りのあまり憤死した人があったと言います。海の民と言われた樺太アイヌの人たちは内陸の対雁で、本来はいくつもの集落を作っていたのですが一箇所に集めて住まわされました。荒涼とした土地その土地は今、半分は石狩川の底、半分は河川敷になっています。連行を指示したのは榎本武揚でした。江別の角山という場所(榎本公園)には榎本の立派な銅像があります。連れてきた者の記録は残るけれど、連れてこられた者の跡地には何ひとつないという、この違いは何とも言えませんね。居住地跡のそばにある市営墓地「やすらぎ苑」では毎年6月、樺太アイヌの慰霊祭が行われ、2019年で40回目となりました。」

◆清華亭で音楽と衣装の体験

「北海道アイヌの口琴は竹でできたムックリで、水や木の音を表しました。樺太アイヌの口琴は金属でできたカーニムックン、これはシャープで明るい音。北海道、樺太以外に、千島にも、東北にもアイヌはいました。昔は今思っているより広範囲に住んでいたんですね。アイヌが住む土地は、アイヌモシリと呼ばれます。北方領土の日(2月7日)というのは、1855(安政元)年の日露和親条約で国境が定められたことにちなむそうですが、私は『その前に、もとは千島アイヌが住んでいたんじゃないの?』と思ってしまいます。男たちは江戸末期まで、当時日本海側で最大規模だった石狩漁場に「お雇い」という名の強制労働のため集められました。
当時、女たちが歌ったヤイサマ(即興歌)を、金田一京助が収録したものを読み、それを私なりに歌にしてうたいます。」

 肝が焼けるよ 
 私の殿御 今頃どうしておられるか
 鳥になりたや 風になりたや
 今すぐにでも飛んでいきたい

「夫が連れ去られて別れ別れになり、家の働き手がいなくなる。一体どんな思いで作ったのだろうか、最後は声にならず泣き叫びながら歌っていたと、金田一京助が書き残しています。」

「この部屋は、対雁のアイヌが明治天皇に初めて踊りをお見せした場所でもあります。(この地にあったサクシュコトニコタンがなくなってわずか2年後のことでした。)ここに並べたアイヌの衣装、よかったら着てみませんか。オヒョウニレの木の繊維でつくるアツシ織は北海道のもの。イラクサを一冬雪に埋めて、春に白い繊維を取り出して織ったテタラペッ(白いもの)は樺太のものです。」

自然の恵みで暮らした人々は、地域ごとに暮らしも習慣も違うのです。これからきっとそうした違いも知ることになるのかと思うと、興味津々です。

「ここにある白いほうの着物は私(楢木さん)が麻の生地で縫ったものです。樺太アイヌの着物には昔から絹刺繍が施されました。山丹交易(アイヌが大陸と日本の間に入って行われた交易)で中国の衣に影響を受けたのか、立襟のついた衣も残っています。言葉にも違いがあり、アイヌ語の研究を行なった金田一京介が樺太に渡った時、彼の学んだ北海道のアイヌ語では通じなかったのです。」

◆北大キャンパス
「かつて北大キャンパスにはサクシュコトニ川が流れていました。1935年頃までサケが遡上していましたが、1951(昭和26)年頃に来札別(ライ・サツ・ペツ=渇いて・死んでしまった・川)になりました。札幌の街を流れる豊平川は、昔は暴れ川でなんども氾濫し、その跡が乾いて大きな河原になりました。それがサッポロペツ(乾いた・大きな・川)、札幌の語源ですね。今は藻岩山浄水場から引いた水がキャンパスを流れています。」

ここからまた、楢木さんの後について食用植物を探します。

1.シラカバ
「樹液を取るのは雪のある間だけ。若芽を出す前にたくさんの水を吸い上げる、その時期に樹液を頂くんです。晴れて暖かな日は特によく取れます。」

オオバコ

2. オオバコ
「食べられます。昔は火で炙って揉んで柔らかくして、打ち身に当てて湿布薬に使いました。」

3. エゾノギシギシ
「若芽を食べます。水虫の薬にもなります。」

4 ランコ(カツラ)
「ランコはカツラの木。ウシは多い。だからランコシはカツラの木が群生する土地。」

◆ここで難読地名クイズ!

「キトウシはキトピロがたくさんある土地。旭川や足寄、東川にも”キトウシ”がありますね。張碓(はりうす)はハルウシ、山菜が沢山ある場所でした。昔のアイヌは移動にチプという丸木舟をよく使ったため、川を表す地名は特にたくさんあります。アイヌ語は文字を持たず、日本人が漢字をあてたので難読地名が多いんですね。」

「パシクルは、漁を終えて陸に戻る人が濃霧で上陸地点を見失った時、カラスの声を頼りに無事に帰ったことからついた地名です。明治になって北海道の測量が始まると、必ずアイヌを道案内にして地名をつけたのです。『この川は何という名だ?』『レサクペツ(名前はない)』。それがそのまま地名になったんですね。」

百年記念館まで来ると、窪地に大かまどの遺跡がありました。

「サクシュコトニ川 の遺跡も、私はアイヌの祖先じゃないの?と思ってます」

北大構内の生態系トレイル。植物の解説にはアイヌ名の表記も添えられています。

5 ドクニンジン
「ヤマニンジン(シャク、コジャク)と似ていますが、食べられません。緑の茎に、赤い血しぶきを浴びたような斑点があり、臭い匂いがします。」

6 フキ
「茎の赤いのは、食感が弱くておいしくないので採りません。太いフキでも中の茎と外の茎では違います。私たちは元が太くなっている外ブキを取ります。外の茎のほうがシャキシャキしておいしい。中の茎は煮るとペタペタしてあまりおいしくないし、来年また採るためにも残します。」

楢木さん補足)
薬用:風邪、せき止め、ハシカ、熱冷ましに根の煎汁服用。
けがに噛んで付ける

7 オオイタドリ
「芽のぬめりを、痛み止めに使います。新芽をドングイといって食用なのですが、シュウ酸を含むので茹でて少しだけ食べました。もっと背の低いうちに食べるという方や、赤い芽を食べるという方もいます。おそらく地域による違いではないかと思います。」

楢木さんから補足)
オオイタドリの薬用: 葉を湿瘡の薬に。膿を出した後の消毒に使います

イタドリ。
花茎が立つ前のオオウバユリ。この状態で雌雄を見分けるのか…。

8 オオウバユリ(トゥレップ)
「ゆり根からデンプンをとります。茎の長いの(地面から最初の葉までの茎が長い)はリ・トゥレップ、雄の株です。リ は高く伸びる、という意味。そのそばには必ず、背の低い花の咲かない雌のトゥレプがあります。葉の数は毎年一枚ずつ増えるので、葉を見て5~6年以上、できれば7年以上育った株を抜いて、球根からでんぷんをとります。私が子どもの頃は、4月に雌株のゆり根を採ってストーブで蒸し焼きにして食べました。」

9 オオハナウド(ドッピ)
「セリ科ですから、生で食べるとセロリのように香りが良くてサクサクおいしいです。学校帰りにお腹が空いた時など、皮が剥きやすい花穂のつく茎を採って、こうやって剥いて食べていました。あとは塩漬けして冬に食べました。」

楢木さん補足)

薬用:根の煎汁を腹痛に。
根を噛んで柔らかくし、坐薬として痔に用いた
食用:アイヌの大切な食べ物。私達はドッピと呼び、生で食べたり乾燥し、お茶や保存食にした

苦味がなくみずみずしくて上品なセロリのよう。
サラダでいけそう。
イラクサ

10 イラクサ 
「樺太では茎の繊維をとって織物にしました。これも食べられるけれど、毒のある細かな棘がいっぱい!」

(深江:確かにイラクサの茎や葉裏の棘は見えないほど小さくて、そしてうっすら腫れてシクシク痛みます。自然に治るのを到底待てなくて、ガムテで棘をとりました。)

カラフトニンジン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

11 カラフトニンジン
「皮が緑ですね。さっき見たドクニンジンは茎に赤い斑点がありましたが、こっちは食べられます。目で見て匂いも嗅いで見分けるようにと、子どもの頃、親に教わりました。」

12 フクベラ (ニリンソウ)
「『恵迪(けいてき)の森』は、ちょうどニリンソウの花盛り。花が咲く前の葉の形は、スルク(トリカブト)とそっくり。食べられる植物と食べられない植物はすぐそばに生えていることが多いので、くれぐれも注意しましょう。」

13 シケレベ (シケレベニ、ニは木の意)
「キハダはミカン科の木、アイヌの万能薬、特に胃腸の薬になります。埋土性が高く、長く埋もれたあとでも条件が整えば芽を出す強さがあります。鬼皮はコルクの代わりに使い、内皮は黄色。(アイヌはそのような「強い」植物をよく食べます。)苦味があるので黒砂糖を入れて食べたりもします。私は最近、発酵させて甘みをつけたものを飲んでいます。」

14 イタヤカエデ
「春先にこの木の若枝を折っておくと、甘い樹液がとれます。
子どもの頃は、集めた樹液を外で一晩凍らせて、天然のアイスキャンディーにして食べました。時期は雪のある春先、これから芽が出るぞという時は、木が一番勢いよく水を吸い上げるので、おいしい蜜になります。」

15 エゾエンゴサク

「エゾエンゴサクは花も葉も芋も全部食べられます。天ぷらがいいですね。
樺太のエンゴサクは根っこにつく芋に苦味がなく、北海道のは少し苦味があるように思います。地面を深く掘って、その芋を煮て食べます。春先の貴重な食料でした。」

16 ヨブスマソウ

ヨブスマソウの茎は空洞です。これを水筒がわりにしたり、子どもの頃は笛にして吹いて遊びました。茎を炒めて食べるとフキよりも一層シャキシャキした食感があります。このくらい伸びた茎の、上の部分30cmを食べます。

ヨブスマソウ

◆北大遺跡保存庭園

楢木さんと私たちは2時間ほどかけてキャンパスを歩き、北大遺跡保存庭園にやって来ました。

水の便の良いサクシュコトニ川のほとりに、古代の竪穴式住居跡が37個もあるそう

「今は草が茂っているけれど、去年お供えしたイナウ※が見えますね。ここと植物園と知事公館には、アイヌのものと思われる古代竪穴住居跡が残っています。あまり深く掘らず半地下的な感じで使っていたようです。毎年10月第1土曜日に、札幌アイヌ協会がシンヌラッパ(慰霊祭、先祖供養)を行い、それに合わせて札幌市のアイヌエコツアー体験講座※も行われます。」
※イナウ=祭具の一種、白木でつくってお供えする)
※アイヌエコツアー体験講座は楢木さんが講師だそうです。

アイヌのイナウが残された森は、静かです。足元には、さっき教わったオオハナウドと西洋から移入された牧草がまぜこぜに茂っています。今日の講座を聞いた後では、それがまるでアイヌと和人の交錯のように思えてきます。ツアーはこのあと北大博物館へ向かいましたが、私は途中で離脱したため記録はここまで。

札幌のピリカコタンでお食事を体験させてもらい、お世話になった女性たちの台所の会話を聞いて、自分の知らない北海道を感じました。誰だって、昔のままは難しいけれど、今見えるものだけではない、生活文化はそういうものなのでしょう。アイヌの方々の様々な地域の知恵、実際に野山で聞いた旬や食べ方や扱い方を、折に触れて聞いてみたい。昔のよすがと今の姿をよりわけながら、素直に記録できればと思います。

謝辞)今回のツアーは、公益財団法人アイヌ民族文化財団のアドバイザー派遣事業によって行われました。また、企画は楢木さんの刺繍教室のお弟子さんがして下さいました。講師の楢木さんはじめ皆さま、勉強の機会を頂いてありがとうございました。

楢木さんが麻布で仕立てて刺した美しい絹刺繍。
大陸との交易の豊かさを空想します。素敵です。



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